『バカとつき合うな』を読んでみた
堀江貴文さんと西野亮廣さん共著の『バカとつき合うな』を地元のツタヤで購入した。そして、ビジネス書ランキングで週間1位を記録していた。ちなみに2位は西野亮廣さんの『新世界』で、この本も早く読みたい。
『バカとつき合うな』の構成
第1章 バカはもっともらしい顔でやって来る。気をつけろ!
第2章 バカに何を言ったところで無駄。ムキになるな!
第3章 ふたつの「バカ」
ほとんどの話に共感しましたが、第1章で特に印象に残った箇所は西野さんの【目的とアプローチがずれているバカ】についての話です。
西野さんは、はねるのトびらで若手では断トツに勢いに乗っていたが、どこまで行っても、テレビの世界では、先輩方を抜けなかった。なぜなら、先輩方の敷いてくださったレールの上を走っていたから。
一番得をするのは、レールを作った人で、さんまさんやタモリさんには手が届かない構造になっている。西野さんがやりたいことは「1番を獲ること」だから、先輩のレールを走っていてもダメ。
つまり、自分がやりたいことと、そのアプローチがずれていたのを自覚していなかったのだ。
1番を獲りたいのなら、自分がレールを作るべき。ここで、レールとは、ゲームのルールのことである。
例えて言うと、ファミコンの個別のゲームカセットが売れれば売れるほど、一番儲かるのはファミコンというハード自体であり、それを作った任天堂だと言うことです。
だから、さんまさんやタモリさんはファミコン。松本さんは、プレステを作ったようなもの。そして、一度レールから降りると決めたら、未練はきっぱり捨てる。
ここで僕が思ったことは、まず自分のやりたいことを明確に決める。そして、今自分がしていること、アプローチしていることがそのやりたいこととずれてはいないか、そこを見極める。
第2章で印象に残った話は、堀江さんの【未来に縛られるバカ】についての話です。ここで、強く言っているのは本当に現在を生きているのかと言うことです。
近代になってから、「過去〜現在〜未来」と一直線に繋がる時間のイメージが大衆にも浸透し、一般化した。
それ以降、現在という時間を、過去と未来に挟まれた中間点として把握するようになった。
つまり、「過去でも未来でもない時間」として、現在を逆算的に理解するようになった。
そのことで、近代以降の人は「真の現在」を生きれなくなった。
つまり、未来から逆算して現在を生きている時、それは「真の現在」ではない。未来に縛られた現在なんて、偽りの現在である。ただ、未来の仕事がAIの技術によって大きく変わるなど、予見もしている。
しかし、ここで一番伝えたいことは、「未来をあれこれ想像して、不安に思うことはない」ということです。
素人が「次はこれが来る」と相場読みみたいなことをしても意味がない。星占いでその日の行動を決める人と同レベル。
どうせなら、今目の前にあるのが、自分がワクワクできるものかどうかを大事にして欲しい。最後に、子どもを見て欲しい。熱心に現在だけを楽しんでいる。子どものように真の現在を生きよう。
過去に後悔するんじゃなくて、将来に不安を抱くんじゃなくて、今にワクワクすることが真の現在を生きるということ。どれだけ、子どものように人生を楽しめるか。